アメリカへ旅立とうとしているあなたへ

前略

私はビジネスマンとして、そしてここ数年は航空業界の人間として、アメリカという国と接してきました。いま、空をめざそうとするあなたにお話したいことがあります。しばらく耳を傾けてください。

空は神の領域です。もちろん私は神を知りませんが、人間が作っている社会の外側を、私は神の領域と呼んでいます。人の及ばぬ世界という意味です。

私の勝手な想像ですが、これまでのあなたの人生で、人の及ばぬ世界を見たことはないと思います。ですからあなたは、これからまったく未知の世界を見るのです。それを考えてみてください。ぞくぞくしませんか。あえてその道を選んだあなたに敬意を表します。

空の原則は、自己責任と自助努力です。ひとたび空で何かが起きれば、判断し、処置し、同乗者と機体とあなた自身を救えるのは、あなたしかいません。それは責任を取れるのも、あなたしかいないということです。よしんば無線があったとしても、最後の最後は、誰もあなたを助けることはできないのです。

この二十一世紀、日本が取り組まなければならないのは、まさにこの自己責任の考え方を身につけた日本人をつくることでしょう。徳川幕政以来、為政の根底は「よらしむる」ことでした。四百年も誰かが面倒を見てくれていましたから、日本人は自分で責任を取るということがどういうことか分からなくなりました。そんなことはないと思うほど、どっぷり依存することに馴れてしまっているのです。

アメリカ社会は自己責任が原則です。時代に先駆けてあなたは、自己責任が何かということを肌身で知ることでしょう。空がそれを要求しますし、社会の根底もそうなっているのですから。私はあなたがそういう目を備えて帰ってこられることを願います。時には空を飛べることより、そちらのほうがもっと大切かも知れません。

もうひとつ大切なことがあります。国際化ということです。アメリカが外国のすべてではありませんが、外国を見、外国に触れ、外国を理解できることが大切です。あなたはまさにそうしようとしているのです。私はもうあなたのように初心には帰れません。あなたを羨ましく思います。単に意味が分かるというのではなく、心を理解できるようになって帰ってきてください。

最後に空の話を少しだけさせてください。

空を飛ぶ資質は、空を飛べるようになってはじめて試されます。操作方法だけを知って筋金入りのパイロットになれることはないのです。大空への飛翔については、教官さえ教えることができない「何か」があります。その「何か」とは、現在の状況を正しく認識し、思考し、それに基づく判断をし、実行の決断をすることです。教官はあなたに技能を教えることはできても、あなたの心の奥底までを推測することはできません。

教官は心を教えようとするかも知れません。たぶんそうするでしょう。しかし、教えられるのはあくまでも部分であって、全部ではありません。ほんのわずかかも知れないのです。したがって、教官がすべてを教えることができない以上、あなたは自分を鍛える心構えを持たなければなりません。

誰でも空に浮くことはできます。良いパイロットとは、考え、先を見通し、素早く行動に移し、自分自身を点検できる人をいいます。滑らかな操縦よりも、滑らかな思考こそが素質の要諦なのです。

それでは元気に行ってきてください。そうして空を見てきてください。できることならば、空を楽しんできてください。

草々

空の先輩より

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